ご近所のネトウヨさん

A Netouyo Next Door

米軍が先にいて、宜野湾市民がよそからやってきた !? おい、逆だろそれ !!! - ボギー手登根 (手登根安則) というネトウヨは、県内には通用しない県外向けデマをたくさん製造します

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ボギー手登根 (手登根安則) という人物は、

 

米軍が先にいて、宜野湾市民が後から移住した、などというウソを平気でいう。

 

したがって、米軍の騒音や公害や犯罪や、さらには新基地すら、おとなしく受け入れるべきだというんだな。

 

沖縄県民は米軍の後から宜野湾に住むようになったとか、先祖が聞いたらグソーから憤怒でいきりたつような、そんなことを平気でネットで拡散する。

 

想像してみてほしい。

 

もし、広島や長崎の、焼き尽くされ何もなくなった写真を出してきて、「ほらごらん、もともとそこには住民はいなかったんだよ」というやつが出てくれば、

 

怒りをとおりこして胸が張り裂けるだろう。

 

それと同じことだということに気付いてほしい。

 

普天間もともと住民などいなかった、という言説がどれだけ犯罪的で残虐極まりないウソか

 

いつから米軍が「そこ」にいたのか。貝塚でも掘れば昔から米軍がそこにいたことが実証できるのか ?

 

手登根氏がいうように、米軍が先にできて、宜野湾市民が後からやってきたなどというなら、移転すべきは米軍ではなく宜野湾市民のほうになるではないか。

 

移転すべきは

米軍ではなく宜野湾市民のほうなのか?

 

もちろん、

べては米軍を沖縄に押し付けるための

純然たる嘘 なのだ。

 

ネトウヨ知には歴史の知識がないどころか、

厳密な意味で沖縄戦すら存在していない。

 

哀れなほど愚かな

 

つまり、ボギー手登根の思考は、

実に100%「隷従への道」で出来あがっている。

 

www.facebook.com

  

 

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ところが、このような「沖縄のウソ」を必要としている人たちがいる。米軍追従政策を進める政治家とネトウヨ言論界隈である。

 

沖縄デマの需要は引く手あまた、だ。

 

ネトウヨケーブルテレビ、チャンネル桜のキャスターを長年務め、極右政権こころの党からも出馬、そして自民党の政治家たちと密接にコラボする。

 

宜野湾市民が米軍の後に住むようになったんだ、宜野湾市民が米軍に抗議などとんでもないという人物と、宜野湾市長が大の仲良しだという謎。

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元宜野湾市長・佐喜真アツシさんのこと ③ 衝撃 !!! 市長の「公務」でボギー手登根氏らのネットテレビにご出演 - Voices from Okinawa

 

宮崎政久衆議院議員をはじめとした、県民を置き去りにして基地建設に進みたい自民系議員が、こうしたネトウヨとコラボして、「県民投票は県民を置き去り」にしているなどと言いだす。もうお笑い大会でしかない。

 

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県民投票デマ ③ 沖縄自民党 + 極右ネトウヨがコラボで反「県民投票」演説会 - デマ陰謀論を流してでも県民投票を阻止したい人たちとは - Osprey Fuan Club うようよ対策課

 

 

もちろん、

チャンネル桜百田尚樹らの「普天間は原野だった」は、ネトウヨの戯言 (フェイクニュース) だと実証されつくされてきたことだが。

 

ospreyfuanclub.hatenadiary.jp

 

四人に一人の命が奪われ、生き残った人たちが戦地を逃げ回り生死をさまよっているさなか、実に 1945年4月の段階からすでに米軍は後方で基地建設を始めた。

 

そう、沖縄の米軍基地建設は、本島の沖縄戦が開始された四月の時点から始まっていたのだ。

 

日本軍との激烈な戦闘の後方では、米軍は着々と焼け残った町や村を巨大なローラーで真っ平らにひき潰し、普天間飛行場に関していえば、六月には整地はかなり大規模に広がっていた。すさまじい物量である。

 

neverforget1945.hatenablog.com

 

米軍が記録した写真には、むろん米軍にとって都合のいいものが残されている。米軍の利になるよう細かく記録されたものだ。

 

当然だが、人や町やすべてを蹂躙した写真など、うかうか残すわけもない。普天間の町並みは、物理的にひき潰されただけではない。記録の上からも抹消された。

 

それでも、少し注意してみれば、公文書館に残された米軍写真にですら、破壊された我々の町の痕跡を見ることができる。

 

今日は一枚の写真を紹介したい。

 

普天間基地の下を通る排水管のパイプ、それを支える礎石として使われたのは、米軍によって破壊された民家の石材だった。

 

 

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写真解説: 【原文】 854th Engineer Aviation Battalion laid a 54 inch corrugated pipe across #2 strip at Futema, to carry the a water of a small stream that ran at the south end. The stone base for holding the pipe outlet was from a native building.


【和訳】 滑走路南端を流れる小川から水を運ぶために普天間第2飛行場を横切って54インチ波形パイプを通す第854工兵航空大隊。パイプの排出口を支える土台の石は民家から集めたものである。
撮影地: 沖縄
撮影日: 1945年 7月 6日

http://www.archives.pref.okinawa.jp/search_materials/photo/searchpics/picsdetail?pid=56078

 

拡大してみてみよう。

 

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米兵がパイプの排出口を支える石を組んでいるが、2人で抱えなければならないくらいの、これがどれだけ大きな石材かが、よくわかる。

 

このような大きな石材を使っていた屋敷とは、さぞかし立派なものだったことだろう。

 

それを想像してもらいたいのだ。

 

すべて破壊し尽くされ、

普天間基地の下に埋められた。

たくさんの先祖の生活、先祖の歴史。

 

それを返してくれと言っている。
シンプルな話だ。

 

そんなことが理解できないで、

基地が先にあったと言い回る奴らは、

 

頭が悪いのではない。

頭がおかしいのだ。

 

返してもらう代わりに辺野古を差しだせ、という理屈は、拉致った長女の代わりに、こんどは次女を差しだせという暴言だ。

 

それでも、奪われたものの代わりに、次女を差しだすのか。

 

自民や公明の議員どもは、酒宴の席でご機嫌になって、長女の代わりに次女を差しだす腰抜けの男そのものだ。

 

そんな議員が必要か。

 

あなたなら

代わりの犠牲を差しだすか。

 


 

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